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2020年1月27日 (月)

MD(ミニディスク)

 昨年の12月9日に、新しく購入した車のカーステレオにAUX端子が付いている話をしました。以前の車はカーステレオはCDで聴いていたのですが、今度の車ではCDは使わずにAUX端子接続のMDウォークマンを使っています。MD(ミニディスク)は1992年にソニーが開発発売したもので、MDデッキも発売されました。私は初期のころのMDデッキを購入し、エアチェックもそれまでカセットデッキを使っていたものがMDデッキに代わりました。その頃は1982年にレコードに代わってCDソフトが発売されてからのオーディオ音源の移行が完了した時期ともなり、LPレコードは聞かなくなっていました。LPレコードをせっせとMDにダビングしたものです。

 我が家のオーディオシステムはそれほど高価なものではありません。アンプはせいぜい数万円で、もう十年以上前のものです。CDデッキはマランツのMDデッキとのコンビネーションで、CDからMDへのダビングがワンタッチでできます。MDデッキはMDLP対応で2倍4倍の長時間録音ができます。録音速度も最大4倍で、60分のCDも15分でダビングできます。便利ですね。でも、もう MDデッキなどはこの世からほとんど消えました。私のMDデッキもいつ壊れるかと心配しながら使っています。

南天の実(2020年1月15日 高崎市吉井町で)山から下りて集落を歩いていると、南天の実が目に入りました。正月の飾りにも使われます。我が家にも南天はあるのですが、実はつけたことがありません。

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2020年1月20日 (月)

群馬の山・小沢岳

 冬の山には花もなく写真は撮れません。冬は花の写真も種が尽きまして、たまには山の写真を載せます。ついでにあまり知られていなくて、私がよく登る山の話もしましょう。群馬は海がなく、三方を山に囲まれています。群馬県西部地方は西毛(西上州の意味)とよばれ、山また山です。西毛は利根川の西側を指しますが、東毛とは気候・風習・食習慣が違います。我が家は高崎市の西はずれ、安中市との境付近にありますが、東毛の前橋と比べますと、冬は穏やかで空っ風も強くは吹きません。山々は、国境の山は別ですが1000m以下の山であれば雪も少なく、陽だまりハイクに適しています。

 小沢岳(1089m)は下仁田町にあります。下仁田の街からみると見事な三角錐の形をしていて、低いながら目立つ山です。昨年の台風19号の前であれば、無理すれば標高850mほどの椚峠まで林道を通って車が入り、そこから1時間くらいで登れました。私はいつも下の林道入り口から登りますが、それでも2時間はかかりません。登山道は椚峠から尾根伝いの1本だけです。尾根は杉・桧林と広葉樹林の境界になっていて、頂上直下まで続きます。頂上はいわゆる秩父古生層の緑色片岩やチャートの岩場で360度の大展望です。近いところの浅間山や御荷鉾山塊、遠くは北アルプスや八ヶ岳が望めます、私はこの山が好きで、年2~3回は登ります。4月下旬から5月上旬は山頂でアカヤシオが咲きます。

小沢岳(2019年1月8日 隣の桧沢岳から)下仁田からは三角錐に見えるのですが、横から見るとなだらかな頂上尾根となっています。尾根の右側が登山道です。

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2020年1月14日 (火)

激混みの通勤電車

 今朝7時前に京浜東北線鶯谷駅で起きた人身事故で、京浜東北線と高崎線が止まりました。山手線や宇都宮線は動いたみたいですが大幅な遅れとなり、上尾駅や川口駅では入場規制が行われました。おかげで埼京線は激混みとなり、大宮駅ではいつもの3~4倍の人がホームに並んでいました。何とか乗り込んだのですが、身動きが取れません。私が朝の通勤で利用するのは埼京線の通勤快速ですが、こんなに混んだのは何年ぶりでしょうか。

 大宮駅での発車は4分遅れ程度だったのですが、会社最寄りの板橋駅に到着したのは25分遅れでした。もちろん座れませんし、つり革にも棒にもつかまれなくて、電車が動いたり停まったりするたびに大波に揺られるように1~2m動かされました。感心するのはこんなに混んでいてもスマホをいじっている人がいることです。中毒もそこまでくれば病気でしょう。板橋駅にたどり着いたときは、3日分くらい運動した気分になりました。年寄りにはこたえますね。

ロウバイ(2020年1月13日 庭で) 庭のロウバイが満開になりました。例年よりも1週間以上早く、強い香りを放っています。

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2020年1月 6日 (月)

あけましておめでとうございます

 今年は令和初の新年ということです。それも私の干支のネズミの年ですね。時代区分を明治・大正のような天皇の即位期間と同じにするようになってからであれば、私は昭和・平成・令和の3時代を生きたことになります。昭和23年生まれの私にとって昭和の幼少期は戦後のドサクサの時代でありました。食べるものも十分ではなく、母はよく「お前のお喰い初めに白米を張べさせてやれなかった」と言っていました。父の給料も安かったのでしょう。でも、周りもみんな貧乏でしたから、みじめな感じは全くありませんでした。

 昭和の終わりごろから平成にかけては、バブル景気やリーマンショックがありましたが、総じて物が有り余る世の中でした。子供の数が減り始め、各家庭に子供は一人か二人しかいません。家の周りでも子供の声が聞こえなくなりました。子供がいないということは、人類が滅びる前兆といえるでしょう。保育園の建設に子供の声がうるさいという理由で反対する輩は、子供が減るということをどのように感じているのでしょうか。令和は人が滅亡する先駆けとなる時代になるように思えてなりません。まあ、私はもう子供を増やそうなどという力は全くありませんがね。

八幡八幡宮(2020年1月1日)私の家のすぐ近所にある古い八幡宮で、私の町名も八幡町になっています。私が引っ越した十年ほど前は初詣に長い行列ができていたのですが、今年はこんなに少なくなっています。

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