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2016年1月25日 (月)

大寒波

 昨日から西日本は大寒波に襲われています。なんと、奄美大島に雪が降ったといいます。沖縄でも最低気温が10℃を下回ったとか・・・。昨晩9時ころ、福岡に住む日さく時代の同期で親友でもある篠田から電話がかかってきました。うれしそうに「雪が降っている」というのです。それも半端ではない雪だそうで、しかも「今、家の外は零下2℃だぞ」というのです。本当にうれしそうに「雪見酒だ」とのたまわってました。

 高崎でも、1月18日と20日に雪が降り、家の周りはまだ相当雪が残っています。2年前の2月の大雪ほどではありませんが、深いところでは30cmほどになりました。18日は、先回にも書いた通り会社に出た時なのですが、20日は家にいて、朝から雪が降っていました。風が強く、気温も低いため、一時は吹雪模様にもなりました。納屋で薪ストーブをガンガン焚き、ぼんやりと雪を眺めて過ごす一日でした。

納屋の窓から見た吹雪模様(2016年1月20日) 横殴りの雪になってます。時々雪よけをして、本を読みながら日がな一日外を眺めていました。

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2016年1月18日 (月)

真田幸村

 昨晩遅くから降り始めた雪は、朝6時ころには10cmほどになっていました。週初めは出社のため朝6時半に家を出て、群馬八幡駅に行きます。駅に着くと電車が停まっていました。いつも乗る電車よりも1本前の始発電車です。アナウンスによると、始発電車の前に走った臨時電車が故障して止まっているとのこと。観光シーズンでもないのに、なんで臨時電車と思ったのですが、のちのアナウンスでは除雪車ということでした。除雪のために出動したものが故障して動けなくなってしまったのですね。シャレにもなりませんね。おかげで、会社につくのは2時間近く遅れました。

 昨夜は、夜8時からNHKの「真田丸」を見ました。私は真田ものが大好きなので、初回から期待して見たのですが、三谷幸喜の脚本があまりにもくだらなく、これからどうしましょうかね。真田幸村の本名は真田源二郎信繁だということで、三谷脚本は信繁で押し通すようです。いいじゃないですか幸村で・・・。そんなに史実にこだわるのなら、脚本ももっとちゃんとしろよと言いたくなります。真田物の決定版である「真田太平記」を書いた池波正太郎は、こう書いています。「源二郎は、後年、真田左衛門佐信繁と名乗ることになるのだが、彼は『真田幸村』の名をもって、人びとに知られている。幸村の名は、あまりにも人口に膾炙してしまってるので、この小説でも、親しみぶかい名をもって、彼を描きつづけてゆきたい」。三谷さん、池波正太郎の考えが理解できますか?あ~あ、昔(1985年4月から1年間)NHKが放映した真田太平記を再放送しないかなあ。

我が家の薪割り道具 納屋の薪ストーブで燃やす薪は、山に行くたびに林道に落ちている木を拾ってきます。太いものは斧で割るのですが、私が愛用している斧は、写真の左側2本のフィンランド製の斧です。柄は木ではなく、カーボンです。

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2016年1月12日 (火)

北朝鮮の水爆実験

 新年早々とんでもないニュースが報じられました。北朝鮮が水爆実験に成功したというものです。このニュースを聞いて思ったのは、そんなバカな・・・です。北朝鮮の技術力と経済力で、こんなに早く本物の水爆が開発できるわけがありません。おそらくは水爆への移行のための基礎実験程度だろうと思いました。後日、地震観測の結果から、規模は前回の原爆実験と同程度との報道がありました。水爆であれば、少なくとも10倍以上の爆発力を有するはずです。金正恩のはったりに全世界が驚かされた新年でした。

 しかし、影響は大きいでしょう。隣の中国の驚きと懸念は大きいはずです。ロシアも同じでしょう。中国は北朝鮮を今までかばってきましたが、今後は表立ってかばうことはしなくなるはずです。ここ1年ほどで、北朝鮮の新中国・新ロシアの側近が相次いで処刑されました。それに対して中国・ロシアとも反感を覚えたはずです。両国とも今北朝鮮との外交関係を練り直そうと考えているはずです。中国にしてみれば、自国のことは棚に上げて、こんな気ちがい国家が隣にあることに、いつまでのほほんとしていられるか、私は注目しています。

スイセン(2016年1月10日 庭で) 10日ほど前から、庭の日本水仙が咲き始めました。去年よりもだいぶ早い開花です。家の周りの日当たりの良いところでは、紅梅も咲き始めました。春が早いのはいいのですが、暖冬のときは冷夏になるといいますので心配ですね。

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2016年1月 1日 (金)

寒中お見舞い申し上げます

 母が亡くなって最初の新年が開けました。正月を祝うこともなく、初詣にもいきませんでした。それではあまりにも寂しいですから、朝は雑煮をいただき、仏さんにも供えました。喪中欠礼の葉書を出したにもかかわらず何枚か年賀状が来ましたが、返事を出すことは控えます。申し訳ありません。元旦といっても、今年はいつもの暮らしと同じです。納屋の薪ストーブを焚き、池に水を補給するため井戸を動かしました。それからコーヒーを淹れ、新聞に目を通しながら飲みました。元旦の新聞は厚さだけはいつもの3倍もあります。

 庭や畑を回って作物の状態をチェックし、キンカンを数個採って食べました。納屋のラジカセでSisselの「Northern Lights」を聴きながら佐々木譲の{鷲と虎」を読みます。ようやく半分くらい進みました。Sisselの歌声(とくにアルバム最後のGoing Home)は何と美しい声か。そうこうしているうちに昼になります。今年もまた、1年が始まりました。

ネギ(2016年1月1日 畑で) 裏の八百屋で買った20本の泥付きネギを畑に埋めて、必要な時に根っこのやや上で切って食べます。しばらくするとまたネギが伸びてきて、また食べられるようになります。うまくすると3回か4回食べられますよ。後ろの青物はコマツナです。その後ろにはタマネギが植わっています。

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