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2015年8月31日 (月)

MDのCD化

 6月15日のブログに、LPレコードのデジタル化のことを書きました。SONYのUSB端子が付いたレコードプレーヤーをパソコンに接続し、デジタル録音する方法です。付属のソフトでは雑音の除去や音量レベルの調整ができます。これまでに邦楽LPを70枚ほどデジタル化し、CDに落としました。10枚ほどデジタル録音した後で、除去しきれない「チー」という雑音が入っていることに気が付きました。入ってないものもあるのですが、ほとんどごく小さなチーという音が入ります。音量が大きい時にはわからないのですが、曲間では耳につきます。もちろん普通にレコードを聞く分には入っていませんので、おそらくはパソコンの雑音なのでしょう。ひとつ前のパソコンでは大丈夫だったのですから、1年半前にWindows XP終了に合わせて買ったノートブックパソコン(東芝)が原因なのでしょうね。確証はありませんが、ほかには考えられません。

 そこで、以前LPをMDに落としたものをパソコンに取り込んでみました。方法はやや複雑で、古いMDウォークマンを、専用録音ケーブルを介してデジタルウォークマン(いずれもSONY)に録音します。専用ケーブルはピンジャックをMDウォークマンのヘッドホン端子に、USB端子をデジタルウォークマンのUSBに接続します。MDとはシンクロ録音ができます。デジタルウォークマンからは専用アプリを通じてパソコンに取り込めます。これはうまくいきました。音もちょっと聞いた限りではわからないほどです。聞き比べると、やや甘くなっている感じです。音が一つ抜けているようで、ダインミックレンジも小さくなっている感じですが、LP→パソコンの「チー」という雑音を聞くよりはずっといいですね。洋盤はこの手を使いましょうかね。

CD→MD→CDにしたものの一例(懐かしやZARDの「揺れる想い」) 宇多田ヒカルの「FIRST LOVE(なんと800万枚も売れたというアルバム)」や今井美樹の「PRIDE」なんかも、MDからCDにしました。遥か昔に、息子に借りたCDをMDに落としたものです。

Zard

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2015年8月24日 (月)

西之島の岩石

 昨日(8月23日)の21:00から、東京都小笠原村に属する西之島の特番を放映していました。西之島は小笠原の父島の西130kmにある火山島で、人は住んでいません。1973年に、島の東側の海底で噴火し、新島ができました。当時は、初の自然増による我が国の領土の増加と報道されたものです。新島と旧島はくっついてしまいました。その時は1975年に噴火は収まり、浸食により島は小さくなっていたのですが、2013年に再度噴火し、今も活動は続いています。番組では無人ヘリを飛ばし、カメラで熔岩流を映していましたが、ハワイの溶岩に勝るとも劣らない眺めでした。ゆっくりと流れるさまが肉眼でも見て取れます。私は溶岩はてっきりハワイと同じ玄武岩溶岩だと思いました。

 ところが、驚くことに採取した岩石の分析では安山岩とのことです。これだけ流動性のある溶岩が安山岩とは・・・。調べたところ、旧西之島も1973~75年の新島噴火の際の岩石も安山岩だそうです。当時東京工業大学教授であった小坂さんの調査では、SiO2が58%であって、玄武岩(52%以下、ハワイのキラウェアは51%、三原山は52%程度)と異なります。溶岩は、SiO2が少ない、温度が高いなどで流動性は高まりますが、酸化鉄などが多くても流動性は高まるようです。どうやら西之島の安山岩はFe2O3やFeOが多いようです。これも小坂さんの報告です。あんなにドロドロ流れる溶岩は玄武岩だと思っていたのですが、認識を改めなければなりませんね。

クルマバナ(2015年8月5日 榛名山) クルマバナはシソ科の植物で、花が車状につくのでそう呼ばれています。

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2015年8月17日 (月)

家の果樹

 我が家には果物のなる木が、サクランボ・カキ・ザクロ・ウメ・ブドウ・アケビ・イチジク・ビワ・キンカン・ユスラウメ・ナツグミ・クリ・ナツメ・クルミ・アーモンド・ポポー・モモ・リンゴ・ナシ・ユズ・レモン・ブラックベリー・ブルーベリーと23種類もあります。ほとんどは7年前に高崎に越して以後植えたものです。アンダーラインを引いたものは、すでに実をつけています。サクランボ・ナシ・リンゴなどは受粉対策として2本以上植えてあります。一番多いのはカキで、なんと11本もあります。このうち3本は植えたものですが、あとは自然に生えたものです。鳥が種を運んだのでしょうね。次に多いのはブルーベリーで6本あります。全部の木に実がなったら壮観でしょうね。果樹は花と実と2回楽しみがありますね。

 14日(金)は、梅の枝落としやベランダの整理をし、午後母の入所施設に洗濯物を届けに行き、夕方シャワーを浴びてビールを飲もうとしたら、テレビに安倍首相が映っていました。淡々と文章を朗読し、他人事のような言い草でした。それに比べると、15日の戦没者追悼式典で天皇陛下が「先の大戦に対する深い反省」を述べられたことは、安倍に対する静かなる異見と云えるのではないでしょうか。そんなことを考えながら過ごすこの頃です。一時の暑さに比べると大分涼しく感じられるようになりましたね。もうすぐカキも色づいてくるでしょう。

カセンソウ(2015年8月5日 榛名山) キク科の花で、オグルマやミズギクによく似ています。この花が咲くと、山は夏の盛りです。

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2015年8月 9日 (日)

特攻のこと

 太平洋戦争(昔は大東亜戦争とも云いました)が敗戦で終了して70年目の夏、テレビは戦争全般のこと、原爆のこと、無差別空襲のこと、玉音放送のことなど、毎日これでもかというほど放送しています。70年たってもこれだけ人々の記憶がよみがえるのは悪いとは思いませんが、いささか食傷気味ではあります。こんなことを云うとひんしゅくを買いますが、これも70年の平和ボケの年寄りのたわごとと思ってください。先日映画「永遠のゼロ」をテレビで放映していました。原作者は言わずと知れた放言馬鹿の百田尚樹ですが、映画は戦争肯定や特攻美化とは少々異なり、生きたいと願うゼロ戦パイロットの話です。

 ところで戦争末期に特攻に猛反対した航空部隊の指揮官がいました。当時少佐の美濃部正です。この人は、特攻そのものを全否定したのではなく、無駄な特攻(例えば練習機による特攻)などは失敗するのが当たり前で、どうせ死ぬのならきちんと勝てる死に方をさせよ、ということでした。当時の海軍はこのような発言が許されていたのですね。このことが私には驚異です。美濃部さんは攻撃部隊を率い、源田実の部隊と同じように米軍に一矢を報いています。戦後は航空自衛隊に入り、空将で退官されています。井上成美といい美濃部正といい、日本の海軍は素晴らしい人材の宝庫だったのですねえ。

コウリンカ(2015年8月5日 榛名山) 榛名山は花の山です。例年この時期になるとユウスゲやレンゲショウマを見に榛名山へ向かうのですが、8月5日は横着にも車で火口原の沼の原に行き、写真を撮りました。

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2015年8月 3日 (月)

上州の雷

 高崎は毎日35℃以上の猛暑日が続いています。今の農作業は草取りが主体で、それもあまりの暑さに午前中の作業がせいぜいです。先週は大玉のスイカが収穫できました。実をつけたときに日付を書いた札を立てて置き、40日後の収穫です。たいへん甘いスイカができました。小玉スイカも三つほど大きくなってきました。当初不作だったトマトやキュウリも実るようになってきました。トマトは農作業の合間に、水分補給で食べています。オクラも毎日のように収穫できます。しかし、それにしても暑いですね。納屋の中は42℃と、風呂の温度です。居間も33℃くらいにはなります。

 上州名物は「かかあ殿下と空っ風」とよく云われますが、以前はこれに雷が加わっていました。しかし近所の人の話では、昔に比べると随分と少なくなったそうです。ところが今年は毎日天空をにぎわせています。昨日は17時過ぎから鳴りはじめ、18時くらいが最盛期でした。雷が鳴ると涼しい風が吹き、気温が一気に下がります。雨も一時的に豪雨状態でした。外気温は5℃は下がりました。いささか不謹慎ではありますが、窓を閉めて天を走る稲妻を「きれいだな~」と花火気分で眺めていました。今日も猛暑日のようですが、天気予報では夕方は雷雨になっていますので、家に帰る頃には涼しくなっているでしょうかね。

ホソバヒナウスユキソウ(2015年7月10日 谷川岳) 先回に引き続き、希少価値の花です。至仏山と谷川岳の特産種で、東北のミヤマウスユキソウ(ヒナウスユキソウ)の変種とされています。10年前は天神尾根の天狗の留場にも多く見ることができたのですが、踏み荒らされたのか今は見ることができません。西黒尾根にはまだ多く残っています。

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