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2014年11月22日 (土)

健さん

 健さんが亡くなったというニュースから何日かが経ちました。新聞の号外まで出たそうですが、ニュースを聞いた時点ではそれほど気にもしませんでした。もう80歳を超えているのですから、いつ亡くなっても不思議ではありませんから。しかし時間が経つとじわじわと健さんの顔が思い浮かんできます。今まで多くの人が亡くなって、好きな人の場合はこのブログでも取り上げてきましたが、健さんの場合は今まで亡くなった人の何倍も顔を思い浮かべます。なぜなんでしょうかね。

 昔の網走番外地のころの健さんは好きではありませんでした。鶴田浩二のほうがよかったです。それが、「幸せの黄色いハンカチ」を見てからですかね、すごい俳優と思ったのは・・・。網走刑務所を出所した健さんが、近くの食堂でビール、かつ丼、ラーメンを頼むシーンがありました。その時の一杯のビールを飲むのに、万感の思いがこもっていました。それから、八甲田山・冬の華・遥かなる山の呼び声などを立て続けに見ましたね。「遥かなる山の呼び声」の最後のシーンで、倍賞千恵子が健さんに黄色いハンカチを渡すシーンがありました。泣けてきましたね。「駅STATION」での飲み屋のシーンで大晦日の紅白を倍賞千恵子と見ていて、八代亜紀の「舟歌」が歌われていました。ここも大好きなシーンです。もうこんな俳優は出てこないでしょうね。

宇芸神社の燈籠(2014年11月20日 群馬県富岡市) 富岡市にある300mほどの神成山の麓に、建ってから1000年以上たつ宇芸神社があります。神社の由緒はともかくとして、正面にあった燈籠はいかにも脆そうな凝灰質礫岩と砂岩でできていました。まさかこの燈籠も1000年以上前のものなのでしょうかね。

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2014年11月17日 (月)

赤サンゴ密漁

 沖縄近海だけでは飽き足らず、中国漁船は小笠原近海にまで足を延ばしてきました。多いときには200隻を超えたようです。日本の領海にまで入り込み、水深100mほどの海の底からサンゴを根こそぎ採っていきました。日本のサンゴ漁の船は小さく、採る網も制限されています。ところが中国漁船は10倍以上大きく、網も大型かつ多量です。小笠原近海の赤サンゴはほぼ全滅でしょう。海上保安庁はあまりの船の多さに取り締まることすら満足にできません。仮に捕まえても300万円ほどの罰金だけだそうです。赤サンゴのもうけは数億円に上るようですので、罰金などゴミでしょう。日本政府の厳重な抗議に、ようやく中国政府も、船主に船の引き揚げを要請したとか・・・。まあ、根こそぎ採った後での引き揚げですから、黙っていても帰ったでしょうよ。日本は完全になめられていましたね。中国政府が引き揚げを言い出したのは、採りつくした後でしょう。頃を見計らって言い出しただけでしょうよ。

 中国の国家の本質は覇権主義です。自国の利益だけに基づき、他国を侵略・恫喝・強制する国家です。今回の赤サンゴ密漁事件だけではなく、南シナ海や東シナ海の領土問題、チベットやウイグル自治区のことなどにもよく表れています。秩序などはお構いなし、自国の都合だけで事を起こします。このような国家が隣にあることが、日本だけではなく、フィリピンやベトナムにとっても脅威なのです。儒教の影響によるものか、一人一人は礼儀正しい人が多いのですが、国家・組織としてはこんないやな存在はないですね。共産党政権が末期症状を呈してきたような気がします。

納屋の完成(2014年11月16日) 10月の初めから作り始めていた納屋が、ようやく完成しました。13・14日に塗装を終え、15・16日で、雨水タンク(写真の右端)を設置し、内部を調えて完成です。これからは、ここが納屋であると同時に私の作業場所(つまり勤務地)になります。寒かった昨日は、まきストーブで暖を取りながらの作業でした。

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2014年11月10日 (月)

納屋3

 だいぶ秋も深まり、朝は霜が降りそうな寒さです。100個ほど実を付けた柿の木(次郎柿)もあらかた食べてしまい、数個を残すだけになってしまいました。1か月ほどは食べるのを楽しませてもらいました。日が暮れるのも早くなって、5時には暗くなります。日が暮れて大工仕事を終えるときに、柿を一つもぎ、食べるのが日課になっていました。道具を片付けて、作業場の片隅に腰掛け、柿を頬張るのは至福の時です。

 納屋づくりもだいぶ進み、残りは、ドア・塗装・雨水タンクくらいになってしまいました。素人の悲しさで、設計通りにはいかず、寸法が狂ったり、枠が曲がっていたり、寸足らずになったり、頭を悩ますことだらけです。外壁の板も、乾燥すると縮むことがわからず、無造作にはっていたものが、日がたつと縮んで板と板の間に隙間ができてしまいました。昨日からドアを作り始めたのですが、ドアを取付ける間口が正確な長方形ではなく、ひしゃげています。それに合わせてドアを作るのですから、うまくいくことやら・・・。まだまだ頭を悩ましそうです。

浅間山とカラマツ黄葉(2014年11月5日 小浅間山から) 浅間山の側火山である小浅間山は、登山口から1時間半ほどで登れます。標高は1655mと浅間山より900mも低いのですが、ミネズオウ・コケモモ・ガンコウランなどの高山植物もあります。この山から見る浅間山は雄大で、年に何回か登ります。

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2014年11月 4日 (火)

政治資金は誰のもの

 9月に安倍改造内閣が発足してまだ日が浅いのに、多数の閣僚の政治資金疑惑がおおっぴらになってきました。わが群馬の小渕優子は父(小渕元総理)のジバン・カンバンとともにカバンも引き継いだわけですが、そのカバンに足を取られてしまったようです。父の背中を見ていたとはいえ、結局は「お嬢ちゃま」だったのでしょうか。観劇会の収支が全く合わず、法に抵触する羽目になりました。その責任を取って、元秘書だった小渕地元の町長が辞職し、町議会はすったもんだしています。本人は本当に何も知らなかったのでしょうね。かわいそうな気がしますが、何もわからないお嬢ちゃまに政治を任せた県民がアホだったのでしょう。小渕に比べれば、ふてぶてしかったのはウチワの元法相でしょう。憎々しい顔でしたね。

 しかし、小渕に代わって経産相についた宮沢にも火がついてしまいました。秘書が政治資金を使ってSMバーに行ったことが判明してしまったのです。マスコミに問われた宮沢は、「私は行っていません」と答えたとか・・・。聞いた記者もバカですねえ、「ハイ行きました」と答えるわけがないでしょう。もっと違う聞き方がなかったのでしょうかね。それにしても、SMバーの代金を収支報告書に記載するということが、私には理解できませんね。まあ、現在の政治家の資質とはこんなものでしょう。日本が滅びるのを待つばかりのようです。

納屋づくりの途中(2014年11月3日) 政治家がバカでも、日本が滅びても、納屋づくりに精を出している私です。10月の初めから作り始め、ようやく屋根をはり、板壁を半分ほど廻しました。11月中には完成したいものです。

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