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2011年8月26日 (金)

胃カメラを飲みました

 今日(8月26日)、朝一番で板橋駅前の医院に行き、胃カメラを飲みました。胃カメラを飲む前に、鼻の中・喉にゼリー状の麻酔剤を塗り、胃の動きを鈍くする筋肉注射をし、いろいろと準備をしたのち、カメラを飲みました。カメラそのものはとても小さくて、細いシャープペンシルほどです。30年ほど前に飲んだ時は、親指ほどの太さがあったのですが、今時のカメラは小さいですね。しかも、それを鼻から飲むのですから・・・。ベッドのそばにモニターがあって、カメラの映像が映ります。面白いですね、私の鼻の中から喉を通り、食道から胃・十二指腸まで、楽々と入ってしまいます。狭いところは空気を送って広げます。

 おかげさまで胃はそれほどひどくありませんでした。潰瘍も癌細胞も認められませんでした。それでも変色したところがあって、そこの組織を遠隔操作で3ヶ所ほど採取しています。医者は「う~ん、霜降りだなあ」と訳がわからないことを言っていましたが、後でその理由を聞くと、健康な胃は赤いそうです。霜降りの白い部分は少々不健康なところで、胃炎のもとになるそうです。胃に関しては一安心でした。ところが、先日採血した血液の検査結果が出ていたのですが、何とγ-GTPが588もありました。今まで何年も健康診断をしていて、γ-GTPは20~30の間に収まっていたのに、急にこんな値になりました。医者には「暴飲暴食をつつしんでください」と言われましたが、普段から酒はあまり飲みません。なぜγ-GTPがこんなに高くなったかまったく不明です。今日も採血しましたので、来週もう一度行って相談するつもりです。

ユウスゲ(2011年8月11日 榛名山) 榛名山の火口原には沼の原という花畑があります。これからは、マツムシソウが咲き乱れますようになりますが、今はユウスゲ・コオニユリとコウリンカが盛りです。

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2011年8月24日 (水)

胃が痛くて

 先週の月曜日(15日)のことですが、出勤途中の新幹線の中、熊谷駅を過ぎるころに急に胃が痛くなりました。それこそ七転八倒する痛さで、冷や汗でフェイスタオルがぐっしょりになったくらいです。なんとか会社に出て、病院に行きました。ちょうどお盆で、かかりつけの医院が休みで、違う病院に行ったのですが、原因は分からずじまいです。先生は、「まあ、胃の薬を出しておきましょう。胃痛でも胃潰瘍でも胃酸過多が原因ですから、胃酸を抑える薬を出します。ほら、コマーシャルで有名でしょう、あのガスター10に使われている薬ですよ」。どうも、あてになりそうもない医者だなあと思いましたが、ぐっとこらえていました。ガスター10でも、太田胃散でも結構ですが、なにもコマーシャルを引き合いに出さなくてもいいと思いますがね。

 それでも、数日で胃痛は収まりました。今も重い感じは残っているのですが、だいぶ良くなりました。ガスター10が効いたのですかね。胃痛が始まって数日は食欲がなく、ソーメンとか冷麦程度しか食べられなかったのですが、いまは少しづつご飯を食べています。そろそろ平常食に戻そうかと思います。それでも心配なので、胃カメラを飲み、精密検査をすることにしました。今度の金曜日(26日)です。30年ほど前に飲んだ胃カメラは親指ほどの太さがあったのですが、いまのは細いシャ-プペンシル程だそうです。それも口からではなく、鼻から飲むとか・・・。結果はまた報告します。

ヒメシャジン(2011年8月6日 谷川岳) 谷川岳を横着して天神平までロープウェイを使い、そこから1時間半ほど登ると最初のお花畑に出ます。6月ですと特産種であるホソバヒナウスユキソウが咲いていますが、8月ともなるとヒメシャジンが盛りです。

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2011年8月14日 (日)

C61 20のこと

 先日ホームセンターへ買い物に行く途中、信越線をC61 20が走っていました。思わず追いかけて安中駅まで行きました。安中駅では10分ほど止まって、乗客が記念撮影をしていました。C61 20は、かつては特急列車を牽引していましたが、1973年に現役を退き、群馬県伊勢崎市に静態保存されていました。それが、群馬デスティネーション・キャンペーンに乗って復活し、復活の過程は山田洋次監督によって記録されています。私は見ていませんが。安中駅で気がついたのですが、最後尾にディーゼル機関車が接続されていました。駅からの出発まで見ていたのですが、汽笛や煙は盛大に出しているのに、発車のときの独特の、ボッ、ボッ、ボッ、という力強い音が聞こえません。どうもC61には客車を牽引する力がないようで、後尾のDLが押しているようです。考えてみれば、引退して40年近くも経ち、静かに余生を送っていたものが、人間の欲から無理やり老骨に鞭打つことになったのでしょう。思えば哀れを覚えます。

 SLは固形の食べ物(石炭)を食べ、糞(灰)までします。山坂では、「なんだ坂、こんな坂・・・」といいながら上ります。下りは蒸気をシューとはいて、楽々と走って、SLファンはそれを擬人化していました。流動食を食べるDLや、電気で走るELとの違いです。私は1973年に北海道に転勤となったとき、現場から5mも離れていない千歳線をD51が走り抜けていくのにビックリしたことを憶えています。それ以来、室蘭本線・函館本線・名寄本線・宗谷本線などでSLを追いかけていました。やがてSLは全廃となり、SLを撮ることもやめました。あえて擬人化したSLの独り言を言わせてもらえば、「せっかく静かに老後を送っていたのにこんなことになってしまって・・・、もうわしは走れんよ・・・」

96(1974年12月6日 名寄本線渚骨沙留間) この日は零下18度まで気温が下がり、夕方5時過ぎの薄暮に三脚もなく、愛用のオリンパスOM-1、ズイコーズーム75~150mmで手持ちで撮ったものです。ブレてはいるのですが、重連の雰囲気がでていて好きな写真です。

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2011年8月 4日 (木)

土壌汚染対策法ガイドライン改定版

 「土壌汚染対策法に基づく調査及び措置に関するガイドライン改定版」が公表されました。環境省のホームページからダウンロードできます。早速昨日午前中にダウンロードし、プリントしました。本文が460P、Appendixが146Pの合計606Pと、小説でいえば大河小説のようなボリュームです。暫定版が500P弱だったのが100P以上増えています。土壌汚染対策法は、改正前が42条、改正法が69条です。改正前の法の不備を修正?した結果条文が増えました。この法律の中身は科学技術のかたまりです。土壌汚染は直接見ることができないため、可視化を含めた最新技術を駆使しなければ知ることができず、解決することもできません。その技術のかたまりを法律の中に押し込めてしまったのです。その法律を施行するための施行規則が、法改正からわずか1年で改正されました。施行規則は77条からなります。

 ガイドラインは施行規則を解説したものと言ってもいいのですが、77条の施行規則で606Pですから、単純には施行規則1条につき8Pを費やしていることになります。改正法の施行の時にも書いたことですが、法を施行するに当たり数百ページのガイドラインが必要となるような法律はどこかおかしいでしょう。当然ながら万人が理解できる法律になるわけがありません。ある弁護士は、分かりにくさでは史上最悪の法律の一つと言っているようです。土台、環境省のような弱小官庁の手に負える法律ではないのでしょう。日本語を知らず、技術を知らず、科学の何たるかを知らない官庁が作れる法律ではないと思うのですがね。言いすぎですかね。

ホツツジ(2011年7月23日 上越国境・三国山) 三国山は、ニッコウキスゲの花畑に至る登山道の両側にコメツツジとホツツジが沢山あります。標高でいえば1300~1500m程のところです。三国山の中腹を縫う旧三国街道沿いにはブナ林が広がり、ミズ(ウワバミソウ)などの山菜も豊富です。

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