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2011年8月14日 (日)

C61 20のこと

 先日ホームセンターへ買い物に行く途中、信越線をC61 20が走っていました。思わず追いかけて安中駅まで行きました。安中駅では10分ほど止まって、乗客が記念撮影をしていました。C61 20は、かつては特急列車を牽引していましたが、1973年に現役を退き、群馬県伊勢崎市に静態保存されていました。それが、群馬デスティネーション・キャンペーンに乗って復活し、復活の過程は山田洋次監督によって記録されています。私は見ていませんが。安中駅で気がついたのですが、最後尾にディーゼル機関車が接続されていました。駅からの出発まで見ていたのですが、汽笛や煙は盛大に出しているのに、発車のときの独特の、ボッ、ボッ、ボッ、という力強い音が聞こえません。どうもC61には客車を牽引する力がないようで、後尾のDLが押しているようです。考えてみれば、引退して40年近くも経ち、静かに余生を送っていたものが、人間の欲から無理やり老骨に鞭打つことになったのでしょう。思えば哀れを覚えます。

 SLは固形の食べ物(石炭)を食べ、糞(灰)までします。山坂では、「なんだ坂、こんな坂・・・」といいながら上ります。下りは蒸気をシューとはいて、楽々と走って、SLファンはそれを擬人化していました。流動食を食べるDLや、電気で走るELとの違いです。私は1973年に北海道に転勤となったとき、現場から5mも離れていない千歳線をD51が走り抜けていくのにビックリしたことを憶えています。それ以来、室蘭本線・函館本線・名寄本線・宗谷本線などでSLを追いかけていました。やがてSLは全廃となり、SLを撮ることもやめました。あえて擬人化したSLの独り言を言わせてもらえば、「せっかく静かに老後を送っていたのにこんなことになってしまって・・・、もうわしは走れんよ・・・」

96(1974年12月6日 名寄本線渚骨沙留間) この日は零下18度まで気温が下がり、夕方5時過ぎの薄暮に三脚もなく、愛用のオリンパスOM-1、ズイコーズーム75~150mmで手持ちで撮ったものです。ブレてはいるのですが、重連の雰囲気がでていて好きな写真です。

741206_96

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